「ラトビアちょっと着てみてくれないかなあ?」 そう言われロシアに差し出された物を見てラトビアは軽く目眩を覚えた。 黒のワンピースに白のエプロンドレスが付属したそれは富裕層の屋敷で働く女性たちのお仕着せのようであった。 しかしそれよりは遥かにスカート丈が短い。 とんでもなく短い。 半端なく短い。 腰を覆うので精一杯だろうそれはいったいどういった構造になっているのか服飾の知識のないラトビアには分からなかったが、ふんわりとボリュームをもって膨らんでいる。 かつエプロンや袖には過剰に感じるほどひらひらとしたレースに縁取られ、腰の後ろで結ばれたリボンは蝶の羽のように大きく広がっている。 印象からすれば非常にかわいらしい。 かわいらしいが、男性である自分が身につけてどうのこうのといった物ではないことは明らかである。 口答え出来る立場ではなかったが、ラトビアはおずおずと口を開いた。 「あの…これは…?」 「見て分からない?メイド服だよ」 それは分かる。分からないのはそれを身につけなければならない理由である。 何度も質問をするのは身が縮むような思いであったが全く意図が掴めないので仕方ない。 「あの…」 言いかけたところでぐっと服を押し付けられ、にこっと凍り付きそうな笑顔を向けられ、 「…分かりました…」 そう消え入りそうな声で呟いたラトビアであった。 「き、着ましたぁ…」 別室で複雑な構造の服に難儀しながら着替えて戻ると、厳しい顔をして迎えたロシアの反応に顔がカッと熱くなる。 やはり、男性である自分が女性の服を着るなど滑稽極まりないのだ。 まだ笑われればましであっただろうが、ラトビアを見つめたままのロシアの視線に蒸発しそうになる。 「うーん…これは…思ってたより…」 「も、もういいでしょうか…?」 失敗だったなら早く着替えたい。 膝上まである長い靴下を与えられたが、股の間に布が無い状態など初めてで、腿が心許なさに震える。 しかしロシアはラトビアにとって絶望的な一言を発した。 「そのままみんなのとこ行こうか」 「え、えぇぇー…!?」 連れて来られた場所はよりにもよって世界会議の場であった。各国が集うこの場に、ラトビアもロシアの秘書として来たことがある。 普段遠方にある国とも会うことがあるこの機会がラトビアはし楽しみであった。 だがそんなことを思うのもこれが最後になりそうだった。いくらロシアの命令とはいえ自分の滑稽な女装を晒してしまうことになるのだから! 「みんなに見てもらおうね」 「…は、はい…」 ドアを開ける前ににっこりと笑ったロシアを見て魂が頭の先から抜け出てしまうかと思われたラトビアであった。 否という答えは用意されてはいない。 ぎぃ、という音がラトビアには死刑宣告のように聞こえた。 扉から一歩前に踏み出すとざわついていた室内がしん、と静まり返る。胃の辺りがきゅっと絞り上げられたように痛んだ。 そのうちどっと笑い声が降り懸かるであろうと俯いていたが、いくら待っても物音ひとつしない。おそるおそる視線を上げると呆然と自分を見つめる沢山の瞳を見てしまうことになり、また顔に血を上らせ下を向いた。 消えてしまいたい…!そう思いながら、大きな体のロシアの陰になるようについて歩き、席に向かった。 「あの…」 あと少し、数歩でロシアの席というところで声を掛けられた。アジア諸国の席が集まっているところである。 声を掛けてきたのは日本だった。 普段感情が読み取りにくい傾向の彼が珍しく目を見開いて、呆けたように口を開けている。ぴゃっとロシアの陰に隠れると珍しく代わりに答えてくれた。 「なに?」 「それは…この間うちに来た時に買っていかれたものですよね…?」 この衣装の出所が分かった。 しかし、極東の彼の国で何故こんな奇抜なメイドの衣装があるのかラトビアには分からなかった。 「そうだよ」 「あの…写真を撮らせて頂いてもよろしいでしょうか?」 普段ロシアと見ると威嚇するかのように睨み付けてくる日本が、ロシアと普通に会話をしている。視線はラトビアに固定されたままであるが、そのことにラトビアは驚いた。 「どうしようかな…少しならいいよ」 「えっ…ロシアさ…」 「ありがとうございます」 いつの間にか日本の手には彼の国の最新技術で作られたのであろうカメラが収まっている。世界最高水準のそれで自分の姿が写されるなんて、と衝撃を受けていると、日本は手慣れた様子でラトビアを壁際まで誘導してカメラを構えた。 「ラトビアくーん、こっちに目線くれますか?あと座ったところも撮りたいのですがよろしいですか?」 なにやら恐ろしく物慣れた様子でカシャカシャとシャッターを切る様に言い知れぬ戦慄を覚えながら、出された指示に大人しく従ってしまうラトビアであった。 「ホントに日本はいつでもカメラ持ってるなぁ」 笑って下さい、と日本に言われてラトビアが引き攣った笑みを浮かべていると、声をかけてきたのはアメリカだ。 カラフルなスナック菓子を片手に持った彼がひょいとラトビアの肩に手を回す。 「ところで君は誰だい?」 邪魔ですよ!という日本のヒステリックな声にピースサインで答えた彼はラトビアを引き寄せて聞いた。こんな姿では分からないのかもしれない… 「ラ、ラトビアです…」 ふーんという彼の相槌はいまいちピンと来てないということだろう。こんな恰好でというのも気が引けたがラトビアが自国の説明をしようとすると、ぐい、と反対側に引き寄せられた。 それは剣呑な気配を湛えたロシアであった。 「アメリカ君、あんまり人のものに触らないでくれる?」 「…彼は一独立国家じゃないのかい?それを君の家に組み込もうなんて正義が許さないぞ」 彼等は世界でも一二を争う大国である。本気を出して争えば世界が崩壊するとも言われている。火花でも散りそうなくらい睨み合う様は迫力があり圧倒される。 怖い… ラトビアがそう思っているとまた別の方向から腕を引かれた。 「かわいいねー、それどうしたの?」 「あいつもけったいな趣味してるよな」 次に声を掛けてきたのはフランスとイギリスであった。 「あの…ロシアさんに着せられて…」 賑やかにラトビアを取り囲み、フランスはちゃっかり腰に手を回している。イギリスも腕を組んで頭の先から足元までを眺めまわす。 手を払いのけていいものか、視線に居心地悪くなりながらも思案しているとイギリスが口を開いた。 「安っぽいフレンチメイドだな。お前うちに来ないか?本格派ヴィクトリア調のメイドというものを教えてやろう」 「あんなかたっくるしいの嫌だよなー?お兄さんが本場のセクシーボンテージのメイド服着させてあげるからうちにおいで」 代わる代わる勧誘されてしまったが自分の仕事はメイドではない。望んでしている恰好でもなくラトビアは内心泣きたくなった。 「油断も隙もあったもんじゃないな…うちの子にあんまりちょっかい掛けないでくれる?」 頭上から降って来た声に、普段ならビクブルと怯えるはずかこのときばかりはほっと安堵の息が漏れた。 アメリカとの言い争いは終わったのであろうか。 「ロシアさん…」 「ちょっと目立ちすぎちゃったかな。ラトビア下がっていいよ」 やっと彼の気まぐれから解放されると肩の力を抜いた。しかし、極度の緊張であったため、がくりと膝が折れ、意識もフェードアウトする。 「ラトビア!」 「ラトビアァァァァァ!!!!!」 リトアニアとエストニアの声が遠くに聞こえる。そのまま意識を飛ばしたラトビアは、くずおれる体を受け止めた大きな腕に気付くことはなかった。 「今日はこのくらいにしておいてあげるよ」 その言葉を聞くこともなかったのは果たして幸か不幸か、それは誰にも分からない。 大変長くなってしまいまして申し訳ありませ… 最後ちょっと走ってしまいました。ツッコミ大歓迎でございます! |