「こんにちは」
そう言って微笑む青年に挨拶を返して、ラトビアはしばしぼうっと見つめてしまっていた。

彼が日本なのだ。
東の果てにある神秘の島国。アメリカに次ぐ経済大国。

そして、あの、ロシアに勝利した国。

噂は耳にタコができそうなくらい聞いている。リトアニアやエストニア、彼の友人のフィンランドがよく彼を褒めたたえていた。
その彼が今、目の前にいるのだ!

「それではご案内します。こちらへどうぞっ」

上擦った声を変に思われていないだろうか、そう思いながら彼が見学に来た工場へと案内した。

「えと、僕のところでは、従業員の半数以上は女性です。細やかで正確な作業は男性よりも女性に向いているのかもしれません」

時々質問をはさみながら真剣に話を聞く様子に、ラトビアの心臓は高鳴りっぱなしだ。
彼は小さなラトビアよりもわずかに小さいようである。骨格は欧州の人と比べるとはるかに華奢で、きめ細やかな肌は温もりのある象牙の色をしており、艶やかな黒髪が形よい小さな頭部を覆っている。
柔和な笑みを浮かべたその表情は優しげで、ラトビアから見ても少女のようなかわいらしい印象を受けた。

「ラトビア君の所には工場が多いと聞きましたが、それらはいつ頃作られたのですか?」

「はい、それはロシアさんの―」

その言葉が出たときに、一瞬剣呑な空気が流れたような気がした。日本の顔を見たが、先程と変わらず微笑をたたえている。
東洋人の表情はいまいち掴みにくい。
ラトビアは何も気付かなかったことにして言葉を続けた。

「ソヴィエト時代、ロシアさんの工業部門を担う目的でここに多く工場がつくられました。」

頷き、ラトビアが指し示す先に目をやった日本の横顔を見る。その双眸は黒耀の輝きをたたえ、冴えざえとした鋭い視線を送っている。
説明の合間にごくり、と唾を飲み込んだ。

間違いなく、彼がロシアに勝利した国なのだ。

実情はロシアが勝ちを譲ったのだという話も耳にしたが、あの大国に打って出るだけの気概が、彼にはある。
ラトビアは気を引き締めて説明を続けた。

「ソヴィエトが解体して僕らが独立してから、ロシアさんを思い出すのがちょっとつらくて…殆ど使われてないですけど…」

実を言うと、ロシアとその他の東欧諸国とは未だに折り合いが悪く、いざこざが絶えない。
自然と口も重くなった。

「今は…細々とですが、木材の加工や金属などのちょっとした工業もラトビアのメイン産業です。独立してちょっと厳しいですが、みんな必死に頑張ってます」

彼に比べて自分のなんと小さいことか。
彼はあの細い腕でロシアに立ち向かっていったというのに。
そしてあの大戦で負けたにも関わらず、こうも華々しく返り咲き、大国に名を連ねている。
かたや、ロシアの影響下では栄えていた工業も存続させることもできていない。国民の生活は決して豊かではない。

前向きな発言とは裏腹に、劣等感がラトビアを襲う。にぎりしめた拳がカタカタと奮え、目尻に涙が浮かんでくる。

「大丈夫ですか?」

日本が身を折ってひかえめに様子をうかがっている。
ぷるぷると震えるラトビアに困ったように笑いかけ、言葉を紡いだ。

「今は大変な時期だと思います。お辛いこともあるでしょう。しかしあなたには私が学ばねばならない素晴らしい点がたくさんあります。どうぞ私に教えて下さい。私も及ばずながら尽力させていただきます」

少女のようだと思ったその顔に力強い意思が感じられ、しばし見とれる。

(凄く、素敵だ)



ラトビアはフィンランドが作っていた日本さんファンクラブに入会しようと心の中で決意した。




















まさかの日ラト。
ニュースでラトビアのエンジニアの半数以上が女性だというデータを見ました。キャスター曰く「日本はいつラトビアのようになれるのか」
なんか凄く萌えました。
経済とか産業とかはwikiさま参考にさせてもらいました。