「ドイツー、日本ー」
ヴェーという効果音とともに名を呼ばれた二人が苦笑とともに振り向いた。

「その気の抜けた呼び方をなんとかしろと言っているだろう」
「どうしたんですか、イタリア君」

体格のいい金髪の青年は眉をしかめ、小柄な黒髪の青年は穏やかに受け答えをした。
その二人の様子を嬉しそうに見遣って、茶色い髪の青年は話をしはじめた。

「さっきねーすっごい可愛い猫がいたんだー。真っ黒でつやっつやの毛並みですんごいしなやか〜な身のこなしで、日本みたいなコだったんだよ」

若干大げさとも取れる身振り手振りでにこにこと黒髪の青年笑いかけながら話す様子は、実に感情豊かであり、それは彼の持ち味だった。
そこまでオーバーなアクションをするほうではない二人の青年は、見慣れた様子で彼の話を聞いていた。

「それは、私も褒めていただいてるのでしょうか。ありがとうございます」

黒髪の青年は慇懃に礼を言った。礼節を重んじる東洋独特の話しぶりは時に欧州の人々には取っ付き難いと感じられるが、この青年達にとってはもう馴染みのものであり、品行方正な態度は好ましく映った。

「それで、お前はどうしたんだ?」

腕を組み、話を進めるのは金髪の青年の役割であった。
茶髪の青年の話は大げさに情緒的であったり時に時間軸がずれていたり支離滅裂であったり意味不明であったりその他もろもろも理由で話がなかなか前に進まないことがある。
一方黒髪の青年はしっかりとした話のできる人物であったが、茶髪の青年の話に真面目に受け答えをしたり、話を合わせすぎたりして一向に話が進まないこともあった。
常に客観的に、論理的に、かつ簡潔に話を進めることを望むこの金髪の青年が話の進行を指揮する事が殆どであった。

「かわいかったから撫でようと思って。でもちっとも寄り付いてこなくってさ〜。そういうとこも日本と似てるかも。日本もっとスキンシップに慣れてほしいな〜」
「それは、すみません。私の家では滅多に他人と触れあうことがないものですから」
「それからその猫はどうした?」

脱線しかけた話をさえぎらないように上手くタイミングを計って軌道修正をすることに慣れてしまうあたり、この青年も苦労性である。

「あ、うん、それでねー。エサあげようと思ってちょっと目を離したらいなくなっちゃって。見かけなかった?」

茶髪の青年が少し悲しそうな様子で首を傾げると、彼も立派な成人男子であるにも関わらず、何故か幼子が困っているかのようなかわいそうな雰囲気すら感じられて、二人の青年は辺りを見回した。

「あ、もしかしてあれですか?」

黒髪の青年が少し離れた場所にある倉庫の方を指差した。
そこには長い尾を左右に振りながらゆっくりと歩く黒い猫の姿があった。漆黒のつややかな毛並みで鼻先から手足の先までを覆われた本当に真っ黒な猫であった。
その猫がすっと身を屈め、倉庫に積まれた樽に登る。

「んん?…そうか、うむ」

金髪の青年が拳を口元に当て、頷くような仕草をする。眉間に皺が寄ってはいるが、その目元は心なしか嬉しそうな光を帯びている。

「ドイツ!もしかしてあの樽って…」
「今年の…」

他の二人の青年も心なしか嬉しそうに金髪の青年を見つめる。その二人には目を向けず、黒猫が乗った樽を凝視している。

「あの倉庫の中は今年のワインだ」

むっつりと呟いた。
茶髪の青年と黒髪の青年は同時にわっと歓声をあげる。

「やったじゃんドイツー!今年一番のワインはきっとあの樽のだね!」
「ドイツさん、私にもあの樽のワインを飲ませてくださいね」
「なんだ、お前達、知ってるのか」

金髪の青年は嬉しさに口角が上がるのを必死で抑えているのか、不自然に顔を歪ませて二人に向き直った。

「もちろんですよ!黒猫がおいしいワインを教えてくれるんですよね」
「そうだよー!ドイツんちのワインのラベル黒猫ばっかじゃーん」

俺猫見かけたときなんかそんな気がしたんだよねー、とじゃれつく茶髪の青年を軽くいなしながら、金髪の青年の表情は少年のように嬉しさを滲ませていた。

「ああ、きっとあの樽のワインは上出来だ。シュバルツカッツが教えてくれたんだからな」


















有名なドイツのことわざなので知っている人は多いと思いますが。
自分のんべえなのでうんちく語りたいんでs
黒猫が座った樽のワインが美味しかったとか黒猫が美味しいワインをおしえてくれるとか。らしいですよ!
黒猫(シュバルツカッツ)のラベルがかわいいドイツの甘い白はとても日本人好みだと思われます!