「よう日本!今年の夏も暑かったな。当たり年だぜ」

そう言いながら手を上げて近づいて来た男に日本は振り向いた。
彼は青年というよりは少し歳が行きすぎているが、かといって中年というほど脂ぎってもいなく、過ごしてきた年月が円熟さとして表れる男として一番魅力のある姿である。
その彼よりも少し年かさであるにも関わらず依然少年のような容姿をしている日本はふぅ、とため息をついた。

「毎年同じ事を聞いている気がするのですが」
「最近はハズレがねぇってことさ。今年のボジョレー・ヌーヴォも買ってくよな?」

(カモられている…)
そうは思いつつ、日本は今度は諦めのため息をついた。

「そうですね、初物好きの日本人として国民分予約しときます」
「毎度ありっ」

調子よく破顔する様子にまたため息が零れた。彼も中々商売上手である。

「確か日本人が金に物言わせて買い占めていくことに批判の声もあるとおっしゃっていませんでしたか?」
「そんなこと言ったか?まあいいじゃねえか、日本が先進国じゃ一番先に解禁になるんだし」

過去に日の出づる国、と称したこともある。 ユーラシア大陸の東の果てに浮かぶ島国である日本は、確かに日付変更線に近い。
しかし、地理的に言えば日本よりも早く解禁になる国はある。

「私よりもニュージーランドさんのほうが先ですが」
「細かいこと気にすんなって!今年の俺ん家のワイン、楽しんでくれよ」

しかし、これほど大量に外国産ワインを輸入するのは日本くらいらしい。フランスは金づるに愛想よく笑った。



明治維新後にワイン作りがなされるようになった日本でも山梨を中心にワイン作りがさかんだ。日本の土地で作られたそれはやはり自分に合っているように思う。
けれどもこの東の果ての小さな島国である自分の目は、常に海の向こうへ向けられてしまう。見たこともないもの知らないものに飢えている。
外つ国の物はいたく日本の欲を刺激する。時に他国から失笑を受けるほどに求めてしまう。
国産はもちろんいい。だが、自分の家で作れないものが欲しいのだ。

時代は変わり、国は開かれ、経済大国として他の大国と渡り合えるようになった。 今は一日足らずで地球の裏側にも行けるし、経済も潤沢だ。何も止める要素はない。

「フランスさんちのワインは人気ですからねぇ。今年も楽しみにしていますよ」

そう言って日本は鮮やかに微笑んだ。