年の瀬だというのに、仕事や書類に追われる毎日を過ごしていた。
秋に買った本も途中のページに栞を挟んだまま机の上で埃を被っている状態で、ストーリもぼやけてしまっている。
ちょうど書類の下書きを終えた頃、年明けの花火が上がる時間だった。
年越しの間のほんの少しくらい休憩したって罰は当たらないだろうと思い、ラトビアは机にペンを置いた。
部屋の明かりを机の電気スタンドだけ残して全て消して、花火が一番良く見える広場に面した窓際へと足を運んだ。
丁度窓辺に差し掛かったとき、一発目の花火が真冬の夜空へと打ち上げられた。
夜空に咲く大輪の花火は美しく、何処か切なくて儚かった。

「ふわぁ…!」
「うん、すごく綺麗だね…」
「はい…そう、ですね……って、ふぇぇぇぇぇぇ、ロ、ロロロシアさんーー?!!」

今の今まで、たった一人で作業をしていたはずだ。なのに、隣にはロシアの姿が。
音も気配もなく背後に立っていたものだから、思わず大声を出してしまった。誰だって驚くだろう。

「煩いよ」

イラついたような手つきで口元を塞がれた。その手にぐっと力が入る。
これ以上騒ぐようだったらと言わんばかりの冷ややかな視線に背筋が凍った。

「ふっ、ふぁ、い…ひゅいま、ひぇ…ん…」

両手を肩の高さまで上げ、降伏のポーズをとると漸く手を離してもらうことが出来た。

「そ、そのっ…ど、どうして、こんなところに、いらっしゃるん…ですか…?」

心臓は口から飛び出してしまうんじゃないのかと思ってしまう程に全身が脈打ち、
はぁ、はぁ、と大袈裟に呼吸をしながら後退りをして徐々に距離をとる。
未だに、傍に立つには勇気が要る。多少は慣れたといってもそればかりは変わり様がないんだ。
高圧的な態度、氷のような視線、純粋さゆえの残酷さ。
その一つ一つがラトビアを怯えさせる原因となっていた。
でも、よく思い返してみると、その恐怖の中には劣等感もあったんだと思う。
相手は世界と互角に渡り合える大国で、自分はその大国の なっているようなものだ。
操られ、貶され、弄ばれて、いつだって無力な自分を呪ったことすらあった。
そんな人がこんな時間にこんな日にこんな所に、何の用事があるというのだろう。

「―――――だから…?」
「え――…?」

理由は、花火の音に掻き消されてしまい、ラトビアの耳には届かなかった。
表情もよく見えなくて、ラトビアは顔を顰めた。

「あ、あのっ…い、今、何と…?」
「……もう言わない」
「ひっ―…す、スイマセン!僕、その…花火の音で…!」

仕事が中々終わらないから、叱りに来たとか?
もしかしたら、何か用事を頼まれていたのに忘れてて、それの催促に来たのだろうか。
それとも、ただの気まぐれなのか…
色んな推測が頭をの中をぐるぐると回るが一向に答えは出ず、ラトビアの思考はパンク寸前だった。

「そうだなぁ…僕の近くに来てくれたら、教えてあげる」
「え…?」

一旦は離した距離を詰めろというのが、ロシアが出した条件だった。

「来なきゃ、絶対に教えてあげない」
「は、はいっ…!」

言葉に従い、一歩だけ歩み寄る。

「まだだよ」

更に一歩。

「んー…もうちょっと、かな」

最後にあと一歩。もう手を伸ばせば、十分に届く距離にまで近づいた。
胸の鼓動が治まることはなくて、全身が心臓になったような気分になった。
身体は相変わらずびくびくと震えるし、目の淵には涙が一杯に溜まっている。

「ねぇ、ラトビア…」
「は…い…」

今にも泣き出しそうなラトビアに向かって、ロシアはほんの少しだけ悲しそうに微笑んだ。
本当は、そんな顔をさせたくない。させたくないのなら、何か行動を起こさなければいけない。
今のままじゃ、堂々巡りすることは目に見えている。どちらかが動いたのなら、きっと何かが変わるはずだ。

「君を、抱き締めても…いいかな…?」

ラトビアの顔がカァッと熱くなった。
いつだって好き勝手に行動して、世界中の国々を振り回して、人の話なんて全く聞かないような人なのに、
どうして、今、こんなときにそんな顔をするんだろう。こんなことを言うんだろう。
俯いて、拒否する理由もなくて小さく頷くのとほぼ同時にロシアの腕がラトビアを包み込んだ。

「つかまえた」
「っ、うぅ…」

怖いとか恐ろしいと云う感情よりも、恥ずかしいとか照れ臭いと云う感情の方がずっと大きかった。
不思議と、身体の震えは治まっていた。その代わりに抱き締められた身体がどうしようもなく熱くて、
ラトビアの熱なのか、ロシアの熱なのか分からなくなっていた。

「好きだよ」
「ふぇ…?」
「君が、好きなんだ」
「えっ……あの…っ!」
「さっき、そう言ったんだよ…」

君が、好き、だから。だから、此処に来た。
一緒の時を過ごしたい。一緒に花火を見たい。一緒に新年を迎えたい。
たったそれだけの理由なんだけど、それ以外に理由なんて必要ない気がした。

「ラトビア、よく聞いてね?僕ね、君のことが好きなんだよ。本当だよ?
君が、好きで好きで仕方なくて…どうにか、なっちゃいそうなんだ…」

四六時中その人のことを考えていて、その人の言動で一喜一憂して。
喜ぶ顔が見たい。怒っちゃ嫌だ。泣かないでほしい。笑ってくれたら嬉しい。
その感情は紛れもない“恋”であり、“愛”であった。

それは、どんな恋愛小説でも書くことの出来ない、本物の感情。

「ぼ、僕も…あ、貴方を…ロシアさんを…好き、なんだと、思い…ま…す」

自嘲気味に微笑むロシアの表情にラトビアの胸がぐっと詰まった。
ずっと分からなかった、もやもやとした気持ち。
初めて口に出した言葉が、胸の中にストンと落ちてきた。
それだけで、このじれったいような気持ちさえすごく愛おしく思えてきたんだ。

「思うだけじゃ、やだな」

ちゃんと聞かせて欲しい。思っているだけじゃ嫌だから、ちゃんとした確証が欲しい。
君が好きだと言うのなら、そう願う権利くらいあるでしょう?

慈しむような声、穏やかな表情、繊細な指先、その全てが愛おしくて、思わず笑ってしまった。
怒られるかな、とも思ってけれど、ラトビアの笑みにロシアも同じく笑みで返した。

「好き…です…貴方が、大好き、です…」

最後の花火が咲く瞬間、もう一度だけぎゅっと抱きしめて二人は最初のキスをした。